エリックがクリスティーヌと森で過ごす最も幸せな瞬間があります。
その煌めくような時間に彼はクリスティーヌに一冊の詩集を紹介します。
詩人の名はウィリアム・ブレイク
エリックは詩人のことを僕の「心の代弁者」と言います。
ウイリアム・ブレイクについて
ブレイクはイギリス・ロマン派の詩人であり画家です。
1757年生まれ。彼の生涯は70年。
ブレイクが生きていたのはフランスでは革命が勃発していた頃で、ちょうど『ひかりふる路』の時代です。
ブレイクは少年の頃からヴィジョン(幻影) を見ていたようです。
聖書の中に出てくる預言者を見たり、天使を見たり。
劇中で「彼(ブレイク)は神に会ったことがあるんだ」というエリックの台詞がありますね。
おそらく私たちには見えない世界が彼には見えて、独自の世界観の中に生きていた人なのかもしれません。
因みにこの詩のシーンのくだり、アンドリュー・ロイド・ウェバー氏版ミュージカル『オペラ座の怪人』には出てきません。
エリックの心の闇をブレイクの詩の中に垣間見るようで、この演出はアーサーコピット版『ファントム』の好きなところです。
詩集『 無垢の歌』(Infant Joy)
劇中で読まれたのは、詩集『無垢の歌』ー黒人の少年ーの最初の部分です。
訳者によって詩の持つ味わいが微妙に変わりますが、ここでは、わかりやすくて私の心に響いた訳を引用させていただきます。
『無垢の歌』ー黒人の少年ー
ウィリアム・ブレイク
僕の母さんは南の土地で僕を生んだ
僕は黒い でも心は白いんだ
イギリスの子どもは
天使のように白いけれど
僕は黒い
明るさを抜かれたみたいに
母さんは木陰で僕に教えてくれた
まだ暑くなる前に
木の下に腰掛けると
母さんは僕を膝の上に抱いて
キスしてくれた
そして東のほうを
指差して言ったんだ
みてごらん昇る日を
神様はあそこにおられる
そして光と暖かさを与えてくださる
花も木も動物たちも
人間もみなすべて
朝には安らぎを
昼には喜びをもらえるのよ
私たちがちっぽけな場所に
生まれてきたのは
神様の愛の光を受け止めるためなの
私たちの黒い体や日に焼けた顔は
光を受け止めるための
日差しのようなもの
私たちの心が光の熱に耐えるよう
学んだとき
日差しはいらなくなり
神の声に召されるでしょう
神はいわれる 我が愛するもの
日差しを離れて来たれ
我が黄金のテントの周りに
子羊のように戯れよ
母さんはこういってキスしてくれた
だから僕は
イギリスの子どもに言うんだ
僕たちが皮膚の色から解放されて
神様のテントの周りに
子羊のように戯れるとき
僕が日陰となって
神様の光の熱を和らげ
君が神様の膝に
くつろげるようにしてあげる
立ち上がって
銀色の髪をなでてもあげる
そして僕らは
仲良しの友達になるんだ
私にはこの詩がエリックの祈りのようにも感じられました。
ブレイクの詩とエリックの二面性
この詩集『無垢の歌』は『経験の歌』と合本になって『無垢と経験の歌』として発行されました。
2つの詩集は、タイトルが同じで内容が異なっていたり、対になっていたりするんですね。
副題は『二つの対立する人間の魂の状態を示す』。
素晴らしい発想だけど、なかなか難しいのです。
ブレイクは美しい自然や子供の無垢な様子を描きつつ、そこに潜む魔物を描く。
人間のそのような二面性を彼の独自の世界観、あるいは宗教観で絵や詩で表現しています。
この二面性こそエリックとブレイクの詩とがリンクするところでは。
彼が子供のように無垢で純粋な面があることは間違いないけれど、
彼の中にはもう一つの顔 (魔物)が住んでいることも事実で、そのことをキャリエールは気づいていたと思います。
もしかしたらエリック自身、自分の純粋な面と危険な面を、表現したかのような詩人ブレイクを心の代弁者として捉えたのではないか、と思ったり。→飛躍しすぎかもしれません。
詩の感じ方は人それぞれですので、もし機会があれば、ぜひ読んでみてください。
余談ですが、学生時代 (かなり昔) にジョン・キーツ(英詩人)の詩について卒論を書いた時に同時代の詩人ということで、ウイリアム・ブレイクの詩集を読んでいたことを、今回、詩を全文読んで思い出しました(笑)
なぜ苦手だった詩を卒論のテーマに選んだのかは不思議ですが、エリックの愛読書だと思えば詩の鑑賞も楽しいものです。
最後にブレイクの詩の中から、私の好きな詩の一節を紹介します。
ブレイクは小さなものから大きな世界を見ることのできる人です。
エリックも、音楽を通して喜びを覚え、クリスティーヌに出会い、生まれてきた意味を知ることになります。
エリックにとって希望の詩となっていたら。
『無垢の予兆』
一粒の砂の中に世界を見
一輪の花に天国を見るには
君の手のひらに無限を握り
一瞬のうちに永遠をつかめ
詩の訳はこちらから引用させていただきました。
無垢の予兆 Auguries of Innocence:ウィリアム・ブレイク
雪うさぎ
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